11
1
2
3
5
6
7
8
10
11
12
13
15
16
17
18
19
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
   

非正規社員比率アップで末恐ろしい。

ふつう組織に所属すると、誰かしらに管理・教育されるもので。

挨拶 身だしなみ 言葉遣い 等・・は基本的な事として、
人との接し方を始め、合法かつ合理的な事柄においてはまず従うのが社会のルールと言うものだと理解している。

実際、学生の頃のほうがずっと自由だった。
最長7年間勤めた会社に落ち着くまで何回会社を変わっただろう
その都度、何故? どこが? ウザっ 心の中で怒り。

色んな会社で色んな事を言われて学んだこと半分、理不尽だと思う言動に反発して飛び出した。

けど今思うに、今になってやっとその重要さが理解出来て有難い事だったと思える様になった。

この間、ある方のブログを読んでいたら
同じパートの分際で偉そうに、社員に言われるならともかく
なんて、長年居る先輩の悪口を言っていた。

一般的に社会のルールとして、パート同士、派遣同士でも先に入ったほうが何と言っても先輩。
そして年上の方に対しての敬いは。。。と感じても。

やはり自分の現在置かれた環境に置いても
派遣同士は対等だと主張し、業務指示を聞かない者も居るので

こう言った問題は恐らくは今後、非正規社員が増えてくるにつれ増々増大するに違いない。

いわゆる命令系統の崩壊。。。


20170712203930175.jpg


その上、組織は人材を選べない派遣や請負などを利用する事で意識の低い社員を受け入れざるを得ない状況になる可能性は大きい。

ただ労働者は指揮命令された時、これに従わなければならないという義務があるので、その業務命令が正当なものであれば、それに従わない労動者は義務を果たしていないことになり懲戒処分の対象になる。
なので、今後は定着する事なく生涯を過ごすと言う方も増えてくるだろうとは思うのだが。

実は非正規社員の人材育成は、今後の社会情勢にも大きく繋がる重要なテーマだと私は考えている。

仕事における能力の問題はともかく、
社会において常識的に振る舞える事の重要さ。

社会に進出してこそ学べるルールを教える人材は組織においては貴重な存在である事は間違いないのに。
今の社会はその機会を摘み取っているから末恐ろしい。

きっと根本的な部分が腐っているんだろうなと感じてならない。




スポンサーサイト

虎の威を借る狐族たち。

私は先日よりテレビで幾度となく放送されている
森友学園が運営する幼稚園で、生徒に応援されて感動して涙を流す安倍昭恵さんには違和感を感じています。

日本では珍しい、独特の教育方針で子供たちに「愛国心」を植え付けると言う園の方向性については何ら申し上げる事もないのですが、あの映像を見て何らかの違和感を感じた方は少なくはないと思うのです。

「虎の威を借る狐」のつもりは無くとも、やはり権力者の妻である方であるがために周りも甘やかし逆に利用もされると言う事をもっと意識していれば、あのように軽はずみな行動は取らなかったのではないかと思うのです。

夫人は「公人」ではない、「私人」だと言う安倍首相ですが、それならばむしろ完全に夫婦は他人、別人格と切り離してほしいと思う。

今後は私的パートナーとして公的活動への随伴をしなくても良いのではないかと思うくらいで、極端な話、公私混同して旅行がてら連れまわしているのだろうかと思えてならない。

しかしながら世間では内閣総理大臣の配偶者であり私的パートナーとして認められているのだから、安倍首相が何と言おうとやっぱり昭恵夫人は「公人」であり、虎の威を借る狐族。







生きづらい人を救ってあげようと教えてあげて下さい。

今、高畑裕太さんの事で各テレビ番組で意見やら飛び交う中、お母様の高畑淳子さんも大変な思いを過ごしておられるかと思います。

高畑淳子さんや祐太さんには失礼かと思いつつ、こんな事を書いて良いのだろうかと迷ったのですが、やはり少なからず他人事とは思えず少し私なりの思いを述べさせていただきたいと思いました。

うちの孫は14歳、現在自立支援施設のほうで生活をしています。
不良行為をし、又はするおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導等を要する児童を入所させる所です。
危ういので仕方なくお世話になっていると言うのが一番の理由です。

「イジメにあっている」と、私に打ち明けたので担任の先生に相談して、何故孫を嫌うのか?と他の生徒に聞いてもらった所。
空気が読めない、話をしている所に急に入ってきて自己中心的な話をする。
嘘をつく(嘘をつくのではなく忘れるのだと思う)。

最終、友達からのラインの内容には「もう解放して欲しい」との内容でブロックされていました。
その頃は、友達からのラインの内容をすべて私にスクリーンショットして送ってきていたので、もし孫が自殺でもしたらラインの内容を学校に公開してやろうと思っていました。

その頃の担任の先生も、確かに孫は他の生徒とは違うと言うので、それは発達障害的なものなのか?と相談。
そして何度か学校のほうへ来るカウンセラーの先生と話をするも、発達障害ではないと判断されました。

しかしながら共に今まで生活していた私としては、どうして解らないのか?とか、何故出来ないのか?と不思議に思う事や、物事の受け止め方も含め私なりに発達障害という性格を調べてみたりもしました。

簡単に結論を求める事は、その子の将来に関わるので避けたいので、自分なりに出した結論としてはグレーゾーン
発達障害の特性があるにはあるが薄く、診断がされるかどうかは医者によって異なる状態である事。
そして、知的な能力がむしろ高い事からアスペルガー症候群のボーダーで、訓練によって性格や生活態度の修正は十分だと感じていました。

そんな中、学校に行くと「嫌われ者・嫌われ者」と言われると言う事で、最初は保健室へ通っていたものの、やがて階段を転げ落ちる様に生活は乱れて行きました。

当初は、自殺でもされるより同じ思いを抱えた仲間と生きていって欲しいと願ったものの、それはそれで危険な死と隣合わせのゲームでもして過ごしているようなものでした。

万引きや、酒たばこなど、何度か補導されて一時預かりの施設に世話になったのですが、最終的に今の自立支援施設のほうにと決断したのは原宿署からの電話があり迎えに来るように言われた事でした。

原宿署から電話を受けた時は、ドキッとしました。
ここ、四国に居るはずの孫なのに、東京の原宿署から電話がかかる。
もしや、何か事件にでも巻き込まれて死んだんじゃ?そう思わせるような深刻な口ぶりの刑事の声でしたから。

その後、暫く一時預かりの施設で過ごした間に何度か面会をし、やはり今の時期にしかるべき施設にお世話になったほうがいいのではないかと決断したのです。

勿論、孫の為ではありますが、私自身も心配で眠れなかったりと精神的にも限界で、それこそ言ってはいけない言葉を発してしまったりしたので、今思えば本当に孫にはかわいそうな思いをさせたと思います。

今では施設での行事を次々とこなして、一時帰宅が出来るまでになっています。
毎日の規則正しい生活、目標に向かっての努力と我慢をすると言う事の大切さが子供にとっていかに大事かが結果となって現れてきているのです。

物のあふれかえった中で何不自由なく暮らしていた孫がどんどん自分の事が出来る様になり、今まで家での生活では見られなかった事まで自然に出来るようになって来ています。
ただ、私としては嬉しい事なのですが、今後中学卒業して施設から帰ってきてからが心配です。

今の世の中、うちの孫のような子供は沢山居て、身近でもそのような大人の気配は感じる事が出来ます。
先の高畑裕太さんが発達障害だとかの噂もありますが、画面を通して見ても確かに生きづらさを感じるのは確かです。

例えば発達障害を持たれている方だと主張すれば世間が発達障害の方に偏見を持つ、それ事態が差別に繋がり問題になる。
逆に、単に本能で動いた行為だとすればそれも問題なので、世間的にもかなりの慎重さを感じています。

私は、孫の事においては学校側にも理解をして欲しい思いもありましたし、孫を排除した友達にも学んで欲しいと思いました。
そうすれば誤解でイジメや、それこそ殺人に繋がる事も起きないのではないかと切実に思うのです。

どうか・・・
生きづらい人を救ってあげようと子供に教えてあげて下さい。


何が正しいか?なんて解らないけれど。。

モメにモメた安全保障関連法が19日未明に成立で・・・
相変わらずの反対派のコメントやらがネット上に氾濫してるけど、やっぱり主張してるのは反対派だけが目立ち、実際賛成の立場にある人は声をひそめている様な気がする。

自分の意見を慎重に述べないと安易に「賛成です」なんて叫んだら白い目で見られるような、そんな雰囲気が漂う問題でした。
それだけに反対したほうが安全みたいな風潮でテレビに顔出す人達は反対しているのが可笑しい。
実際は賛成派の方のほうが多いにも関わらず、テレビでも一般人は反対派の人を映像に使うという配慮がありました。

ただ、集団デモで声をあげて叫ぶ人達はいわば力ずくでも自分たちの意見を主張しようとする人達。
お国のためには体を張って・・って言う姿勢は、結局は小戦争に参加している様なもんで、国を思う志は昔戦争に出かけて戦った兵士みたいな感じです。
この方達の国を思う気持ちは本当に素晴らしいし、こんなに日本の事を一生懸命に考えて動いた行為は高く評価したい。

ただ昔は「不倫は文化だ」なんて言って反感を買ったから、今回は「戦争は文化じゃありません」と叫んでいた俳優。
国会でも数珠を手に線香ポーズとか意味不明なんですよ。。。

また女性議員が後ろから羽交い締めされた上、引き倒され暴行を受けて怪我をしたのをセクハラされたと主張してるのを見てると、お前女主張すんなら議員辞めれば?な感じで。
後ろから羽交い絞めしたヤツもヤツだけど、羽交い絞めされたのが男ならセクハラにはならない訳で・・・
ちょっといまどきの女性!、社会で活躍したいんなら考えないと、だからいつまでたっても女は馬鹿にされる。


20150920201634275.jpg


「安全保障関連法」、確かに不安要素も多く含んでいるだけに国民の不安も大きいけれど、早かれ遅かれ決断をしなければいけないのなら今の様な気もする。

何が正しいか?なんて解らないけれど、あまりにも極端に飛躍した思いで危機感を持つよりも、日本の国際的な立場を向上させる事で国民の生活も向上、維持していかなければ意味がないし、私たち国民は今、生きていかなければいけないと思うのです。

日本がお金で解決出来る時代はもう終わったと思います。


営業か愛情か?枕営業の概念。

5月28日(木)に朝日新聞デジタルから配信された記事で、
  「銀座のクラブママが夫に「枕営業」 妻の賠償請求を棄却」と言う、
かなり大胆な見出しに目を惹かれて内容を読んでみると・・・
東京地裁が「売春と同様、商売として性交渉をしたに過ぎず、結婚生活の平和を害さない」と判断し、妻の賠償請求を退ける判決を出していたことがわかったというものだった。

この記事の内容についてはかなりの反響があった様で、
昨日「弁護士ドットコム」のほうでも内容が取り上げられ、
  「枕営業は相手の結婚生活を害さない」話題の判決の論理だと「愛人作り放題」になる?」と言う、これまた大胆な発想で先行きを危惧した記事が出ていました。

そもそもこの裁判内容、東京・銀座のクラブのママをしている女性が、客である会社社長の男性と約7年間、繰り返し性交渉をしていたことが問題になり、男性の妻が「精神的苦痛を受けた」として、女性に慰謝料400万円を求めたのだが、裁判所は妻の請求を退けたと言うもの。

早い話、枕営業は売春同様で「売春婦が対価を得て妻のある客と性交渉しても、客の求めに商売として応じたにすぎない」と指摘。
枕営業は「優良顧客を確保するために要求に応じて性交渉をする営業活動」
「枕営業をする者が少なからずいることは公知の事実だ」
と指摘したもんだから、愛人作り放題OK?と言う展開に発展したもよう。

「被告(クラブのママ)は『男性との間で不貞行為はなかった』
として争っていたので・・
『仮に不貞行為の存在が認められるとしても』
という前提で、論理が展開された。


20150603102449138.jpg


ま、妻の立場から言うと・・・
愛人はソープランド嬢と同じで、それこそ裁判官が言う様に、銀座のクラブのママは顧客の性欲処理に商売として応じたにすぎず、何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないと言う観念にはある意味共感は出来るものの・・・

さて、それが「枕営業」の概念を考えてみると、これまた違ってくる。

「枕営業」という言葉はあらゆる業界に定着しているもので、特に芸能人始め社会に置いて出世を遂げている殆どの女性がターゲットにされておるのが現状。
そこに決まって妬みでいらぬケチをつけたがる人も存在するのも確か。

確かにそこいらの会社やら、テレビで活躍している女性らを思い浮かべてみると、そこそこ綺麗で魅力的ではあるし、その人が仕事が出来るとか、人柄が良いとか、そんな事は解らん。

ただ、今回の銀座のクラブのママも、企業のセールスレディーも、社会で活躍を遂げている女性達も、すべての場において確かに努力していると思う。
たとえ「枕営業」だろうが、純粋に努力と誠意を示した行為で対価を得ようが、そんな事は誰にも証明できるものでもないけれど、努力の出来る者は成功するのは確か。

女が男に媚びて対価を得られるという、そんな器用な女ならそれを武器に稼げるだろうし、身体に自信がありそれに対する対価が支払われるのならそれも武器になるだろう。
求めるものが美であり、それが武器として通用するのであれば整形でも何でもすればいいのでは?
兎に角、自分も出来ると思えばやればいいのだ、ただそれだけ。

努力に対してそれ相応の対価を得るのは男も女も同様で、プロセスは様々。
ただ、「枕営業」に関して言えば、ビジネスの世界では精神的な繋がりは永遠に続くものだけれど、肉体的な繋がりは長続きしないと考えたほうが良さそう。

銀座のクラブママが夫に「枕営業」 妻の賠償請求を棄却

「枕営業は相手の結婚生活を害さない」話題の判決の論理だと「愛人作り放題」になる?


終身雇用に甘えると~♪

働かない正社員の雇用を打ち切れるようにすべきだ~
って、オリックス元会長の宮内義彦氏が発言した言葉に賛否両論だが、
私は賛成だな~。
だって毎日無難に仕事されしていれば、仕事が出来ようが出来まいがクビになる事も無く、定年まで雇用なんだから。
おまけに定年してからも何やかんやで給料泥棒をしている奴も居るしね。

個人的に言わせて頂くと、正規雇用の人が仕事するしないはどっちでもいい。
オマエらが選んだ人材がオマエらの会社に利益を生もうが生むまいが
そんな事は自分らで責任を持つべきで、よ~く考えればそれなりの対処法はあるんだから。

そんな事より、仕事のしない社員の元で都合よく働かされている人たちの努力って考えたことあるんかね?
身体だけが資本の労働者たちの事。

「そこそこの会社に入社出来ないオマエらが悪いんだろ?」
なんて言われれば返す言葉もないけれど、優秀であろうがなかろうが、
仕事が出来る出来ないは関係ね~の。
仕事するしないは単に怠慢。。。甘えだから。
とにかく正規雇用の社員はすべてにおいて守られすぎて甘えている感は否定出来ないよ。

先の竹中氏は人材派遣大手のパソナグループの会長と言う肩書きだけど
実際、派遣社員の福利厚生の問題にしても、近年やや充実していると言うものの派遣会社によってまちまちで、何より派遣先での立場が不安定で将来の保障が無い。

それこそ病気で長期入院ともなれば現在の職場を諦めざるを得ないと言う・・
正規雇用の社員とは明らかに待遇に格差もある訳よ

ま、そう言った人材派遣の会長が「正社員を廃止しよう」
という裏にどのような考えをお持ちなのか?
少なくとも自分の利益に繋がる発言ではないだけに説得力はあると思う。

実際ね、現在は仕事しない(切れない)社員に給料払いながら、
なおかつコストの高い派遣社員を雇ってる会社もある訳だから、
社員の首切りが簡単になれば直接雇用が増えるのは確か。
これからは社員も、非正規社員も同じ思いで仕事をする様になればいい

終身雇用やら一生生活安泰やら、調子こいたキリギリス達~



けど、ある意味気楽な奴らよね~「今を生きてる」わぁ。
羨ましい限り。。。


それぞれがそれぞれの想いで・・・

癌の治療中のつんくさんが声帯を摘出した事を公の場で明かし
新しい人生の第一歩を踏み出す決意をしました。
歌手として一番大事にしてきた声を失い生きる道を選んだと・・。

確かに取れるものを残しておくよりは確実に取ってしまったほうが
五年後の「完治」と言う言葉に繋がる可能性も大きい。

しかし「癌」という病は患ってからが新しい自分の始まりではあるけれど
実は永遠に油断の出来ない魔物を身体の中に抱え込んだ
厄介な宿命を背負う事となる訳で・・・

つんくさんの様に「寛解」と言う、いかにも治ったような表現で上げておいて
まもなく「再発」と言う地獄に突き落とす(下げる)

日常は、常にその恐怖におびえ、
「あと十年は生きたい」・・と、心の中で願っても保証が無い。
勿論、みんな保障なんてないのだけれど
自分にとっては人生のスパンが短いと言うか、
何より人生に対して消極的ではある。

よく、「みんな同じやわ~、いつどうなるか解らんのやし~」
とか言う人も居るけれど、
こればっかりは自分が「癌」になってみなければ解らないと思う。

「貴方は夢が持てるでしょ?人生の選択を迷うことなく出来るでしょ?」

私だって・・・
時に自分の「癌」の事をすっかり忘れて治ってしまったと思う事がある。
けど、ふとした瞬間に再発・転移の恐怖におびえ・・
言葉の強がりとは裏腹に身体は正直に反応している自分が居て恐い。

「究極の選択」なんてあるけれど、神の仕打ちはあまりにも残酷。
それぞれが、それぞれの想いで(つんくさんはつんくさんの想いで・・)
過酷な選択をしなければならないとは言え、
生きるために捨てなければならないものは、とてつもなく大きな夢のかけらである事には違いないでしょう。


「がん講座」にて。本人への余命宣告の実態!

今日は我が家からほんの15分ほどの距離にある図書館にて開かれた癌の講座に参加してきました。
「がんは恐くない」と称した講座の内容、今日は大腸癌のお話。

大腸癌の早期発見の重要性に観点を置いて、ステージ別の生存率、部位ごとの手術方法など詳しい話も含め講師の先生の個人的な考えも聞け、一時間半ではありましたが非常に充実した時間を過ごす事が出来ました。

抗がん剤や手術拒否についての問題については、完全に治療を拒否すると言うなら、最後まで医者には世話にならなければいいのですが、たいていは痛みとか、どうにもならなくて駆け込んで来る。
・・それなら最初から治療を受ければいいのにと言われてました・・・。

そう言えば、私も術後の抗がん剤を拒否した時に
「なら、どうして手術をしたの?」なんて聞かれましたが、そんなもんなんですかね?結局、私は抗がん剤はしましたが。

昨夜スマップの中居君の番組で「終活」について取り上げていましたが、
「癌」と闘わない=手術もしない、抗がん剤もしない
・・けど緩和療法は行うスタイル。

その、「癌もどき」「がん放置論」・・近藤先生の本についても見解を述べていました。
私もあの方の本の内容については素人ながら疑問はありますが、極端な考えを除いては尊敬できる内容でもあると思います。
ただ、歪曲して捉えてしまう方も居られるのは確かだし、癌の症例は人それぞれだと言う事を念頭に置いて自分の信念に従えば良いのではないかとは思います。
どちらにしても薬品会社や病院はじめ医者にとっては迷惑なのですかね。

また、生活習慣の改善による癌予防については完全否定派の方でした。
何を食べたから癌になりにくいとか、何を食べたらいけないとかは、やはり科学的根拠がないからですかね、否定されていました。
ただ、そこは個人的に自分が考えて生活をしていけば良い訳で、私は気の持ち様は身体に作用すると信じていますので、癌に良いといわれる食物は摂取したり、悪いと言われる物は控えていくつもりです。

短い時間に沢山のお話をして頂いたのですが・・
その中で最終的に驚いた事・・これは講座が終了した後にも講師に直接質問をさせて頂いて確認をしたのですが、末期がん患者への告知が本人になされていない場合があると言う事には驚きました。

つまりは本人が明らかに告知拒否をしているのならともかく、家族が勝手な判断により本人への告知を拒否しているケース。
このような場合は、患者との信頼関係が築けないために治療がスムーズに行われず、最終的には患者の医師に対する不信感から始まり、患者の精神的健康状態の悪化により最期を迎えるという事が現実に起こっているという。

高齢の方で自分と言う意識が喪失されている方ならともかく、実際自分があとどのくらい生きられるかの目安とか、今後の治療方針を決めて行く事は信頼した医者と共による重要な共同作業。
それが突然抗がん剤を中止されて緩和療法、見放された、何故だ?と感じる患者を相手に納得のいく治療は出来ないと言うのが一番困るパターンだと言われてました。

告知に関して言えば、私も最初に大腸癌の内視鏡を行う際に・・
癌の告知を希望しますか Yes No と言う項目に署名をした記憶があります。
しかも本人への告知は義務であるという認識は当たり前の事として捉えていただけに非常にショックを受け、失礼ながら講座終了後に確認させて頂いた次第です。

私は自分が今後再発・転移となって余命を宣告されるような立場になった場合にはハッキリと告げて欲しいと思います。
緩和療法に切り替えるタイミングで、その後の余生を考えることも必要ですから。

抗がん剤の是非の問題についてもですが、何事も本人の意思を尊重するのは大事。
・・・家族と言う脇役の支持に従うのは大事な事ではありますが、あくまでも脇役である事を忘れて自分の価値観を優先される方も居るようですね。
余命宣告についても同様に言えます。

特にうちの旦那さんは
「余命なんて言わなくていいよ~知らずに死んだほうが幸せだから~」
・・・断固としてそういう考えの持ち主。 

「私は違うよ」って、ハッキリ言っとかなきゃです。


子供に試される大人たち。。

「おいおい、○○先生って教科書持ってきてなくても何も言わんぞ~」
「うそ~ほんまか?」

「うわぁ、ほんまや、スルーやし」

・・・こんな会話がうちのチビ(孫)のクラスの中では交わされてるそうです。
それにうちのチビが加担して、ここ数ヶ月全くその教科の教科書もノートも持たず、授業中は机の上に筆箱ひとつ。。。
それでも、その先生何も言わずスルーだったと言います。
そんな感じでず~っと放置されていたもんだから、ノートが真っ白な状態。


勿論、教科によっては授業の前に「教科書を忘れた人」と言って、
聞いてくれる先生も居るのも確か。
ただ、それが都度担任に伝わっていないため改善が出来なかった。

また、とりあえず授業さえすればお仕事終わりでしょ~な、
いい加減さが見え見えな先生は生徒に試されてしまうみたい。


義務教育、せめて規範くらいは教えて欲しいもんです。
・・っか、義務教育ってそ~言うところじゃないの?
個人の思想はともかく、集団においてのルール、常識・・
生きる為に必要な知識を学びに行ってるんじゃないのかな?

朝は「おはようございます」から始まって、「廊下は右側を歩きましょうね」
「授業中は静かにしましょうね」とか、「遅刻はダメですよ」とか、
ほんとに人生においての一般常識的なことを学ぶところだと思ってた。
勉強する、しないは本人の勝手です。
でも、授業中に教科書も持ってこない生徒に対して指導をしないのは怠慢かなと思います。

放置された子供たちは見放されたと感じてしまう。
授業もどんどん放っていかれる→解らない、面白くない。

結果的に生徒の勉強に対するやる気も失わせてしまうので、
子供にとってはすごくマイナス。

ここまでなる前に、何とかならなかったんだろうかと悔やんでならない。
要らん事は言う癖に→「GTO」気取りの教師に憤慨!より

うちの娘が中学の頃は何度学校から呼び出された事か。
仕事の合間を抜けて駆けつけたもんだけど、先生は一生懸命だった。

孫の場合は、な~んにも連絡がないし、チビも普通に学校に出掛けてたし、
ここまで酷いとは思わなかったので、逆にショックを受けた次第。

今回の事件はたまたま、教科書やノートをママがチエックして判明した事なのだけど、最近のチビの生活態度の悪さと、学校の忘れ物に対する問題の対処の仕方等も含め、環境改善するには学校に行かせないと娘と話し、暫く登校をさせることを控えていました。

つまりは、生活態度の「リセット」です。

うちの家のチビに対する条件としては・・
ノートを取ってないところの復習(習ったところまで)を終わらせる。
部屋の片付けをして、毎日きちんと時間割をあわせて登校出来るような状態に整える。
その他、様々な条件をクリアして、生活態度を改めるのであれば登校しても良い。

学校側にも、担任その他教科の先生方との連携を深め、
問題点を改善するように努めてくださいとお願いし、承諾。

私としては、今後は家庭と学校が連携して、
子供が生きてゆくうえで必要な物事を見極め指導してもらいたいのが理想だと思っています。


それでチビはやっと今日から登校をした訳なのです。
いくら義務教育(受けさせる義務)とはいえ、必要か必要でないか、
適切な教育を受けられているか否かの判断、
そしてその環境は保護者側が決める事であると思います。





 ぶっちゃけ・・・

まだまだ、うちのチビにも問題は山積みで・・
親の愛情不足も含め、一筋縄ではいかない感はありますが、
母親の目の届かないところは私がフォローしなければと思ってます・・が。

ただ、なかなかお婆ちゃんの言うことは聞いてくれなくて~
学校に行き始めると早速、スカート短いし(ウエスト折って履いてる)
もう、スマホなんかも持ってる子居るって?

「ばばママ、その考え古いよ~」なんて言われたりして。。。トホホ
勉強も、難しくて教えるのは大変だし。。。
毎日ストレス・ストレス・ストレスで、自分自身がど~にかなりそう。

親の前では素直なチビも、親が居ないと反抗して全然言う事を聞かない。
旦那はまったく知らんぷりで、逆にチビと一緒に私を馬鹿にする。
こんな状態で、ど~しましょ・・・なんです。


私、本当に疲れた~



「GTO」気取りの教師に憤慨!

先日、うちの孫が部活の帰りにガムや飴を食べている所を先生に見つかり、注意をされたそうで、その際に教師に呼び出されて言われた言葉が・・

「少し家庭の事情を調べたんだけどお父さん居ないんやって?もしかして家で暴力とか振るわれてるん?」と聞かれたそう。

孫は「はい、叩かれてます」と答えたそうで・・
そうしたら、「ま、そう言う事でイライラして学校にガムとか持ってきたんやね」と言う話になったそう。
(何で片親で、暴力振るわれてイライラして・・になる訳?)

そして、その後に話したその教師の身の上話が大問題!

「実は先生も親に虐待を受けて育って、反抗してバイクを乗り回したり悪いこといっぱいした・・・云々」
「そういう子供に虐待をする親は、自分も虐待を受けて育って来たから子供にそういう事をするんや、先生はグレて悪い事をしたけど、●●さんはそうならんようにな」
・・・と孫に話したらしい。

昨夜も期末テストの結果が悪いのと、部屋の片づけが出来てないと言う事、その他もろもろで娘が孫を叩いていたのは見てたが、別に虐待でもないし、単に教育の一貫として、親が愛情をもって子供の為に叩くという行為で、私としては何ら問題は無いと思う、思った。

それでも、娘を仕事に送ってやって、家に帰って孫と話をしていると・・
「ママは虐待をされて育ったけん私にも虐待をするんじゃわ、ばばママ(私)がママを虐待しよったんやろ?」と言う訳。

ま、確かにうちの娘は息子と違って言っても聞かないし、口も達者、手を出して育てた子ではある。
けど、決して愛情がなく暴力を振るったと言うわけでもないし、虐待言われるほど体に跡が残るような体罰を与えたこともないから、ふいな孫の言葉にビックリした。

「違うよ、ママが●●ちゃんを叩くんは虐待やないよ、●●ちゃんの事を思って叩いてるんよ。虐待と、親の体罰は違うよ」って説明しても聞く耳持たない。

「あれは虐待やわ~」と言う孫によくよく話を聞いてみると、上のGTO気取りな教師が言った言葉に洗脳されて、母親が自分を叩くのは虐待だと思い込んでしまったらしい。

こう言っては何だが、そのGTO気取りな教師・・
自分がどれだけ愛情の無い親に虐待を受けて育ったのかは知らないが、何もかも自分の経験に当てはめて要らん観念を生徒に植えつけるのも如何なもんか?

事情も知らんと、父親の居らん家庭の子は虐待を受けて育ってると決め付ける教師に、本当に憤慨しています。





孫は幼いころから娘の仕事の事情で私が面倒を見ておるのですが、とにかく旦那とは全くの教育に関する考えも違うので、ただでさえ毎日頭を痛めて生活している訳で。
孫に甘い旦那のほうの意見を孫は好み、孫と旦那と一緒になって私を非難する。

そりゃ、甘やかしてくれる人が子供はいいに決まっているから。
しかもうちの旦那は、本当におじいちゃん・・テレビアニメのちびまるこのおじいちゃんみたいな人で・・
孫の機嫌ばっかりとって、甘やかせることを専門にしている人(無責任)

たとえば自分の食べたものの片付けを流しの所へ持って行く、食べ方、登校前の用意に関して私が口うるさく言うのが旦那にとっては気に入らない。
「お前が片付けたらえ~でないか」と言う考え。
朝も、早めに食事をしてトイレもすませて送り出したいが為につい怒ってしまうと、
「朝からうっとおしい」
「もうえ~、食事や作らんでもえ~お前は起きてくるな」となり、ギリギリの孫を車で学校の近くまで旦那が送って行くようになってた。

それが、旦那も仕事の都合で送って行けなくなり、挙句の果てには孫は学校を遅刻するようになってしまった。
結局、今は私がまた孫の朝の食事も準備もするようになったんだけど。

なんやかんやで現在、手に負えなくなって初めて旦那が言うに・・
「あの子(孫)、あの年齢で自分が食べたもんの片付けも出来んっておかしいやろ?」って言う有様。ヘェ?
今更、そんな他人事みたいな言い方して、それでも自分の責任でこうなったとは思ってないらしく、相変わらず責任は私になすりつける。

子供なんて、ひとつひとつ、こ~して、あ~してと教えてやらなければ出来ないの!って言っても理解が出来ない様で・・
「大人になったら出来るわ」「女の子や勉強や出来んでもえ~」と言う考え。

うちの旦那は親に叩かれたことがない言うけど、若いころ私には暴力を振るって何度もうちの親に謝ってた。
今でも「あれはお前の口の利きかたが悪い、お前じゃない女だったら暴力は振るわん」と言う旦那。

そんなうちの旦那とGTO気取りの教師は、親に暴力を受けたことがある・無しこそ違うけど、何でも人のせいにする考え方としては似通っていると思う。

どちらにしても、自分の行う行為は、誰のせいでもない、自分の問題なのではないのかと思うのですが。


プロフィール

麻花(まぁ~ふぁ)

Author:麻花(まぁ~ふぁ)
2013年大腸がんはリンパに転移ありのステージ3aでした。
手術、抗がん剤治療が終わり現在経過観察中です。
愛犬ココアと楽しく過ごしてます。

いつも読んで頂き有難うございます。

最新の記事

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

人気ブログランキング

昔の記事一覧

パートナー

9
Author:ココア 女型
2008/11/20生まれ9歳 
                                                                                          

カテゴリ

:::::

リンク

検索フォーム

フリーエリア