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旦那がくも膜下出血で倒れた時の事!

ちょっとここに来て、私の病気からは一旦離れ旦那の話をまとめておこうかと思う。
あれは忘れもしない2011年3月5日の13:37分

会社で昼食をすませ午後からの仕事を片付けていた私の携帯が突然鳴り出した。
誰だろ?こんな時間に・・
知らない番号からの電話にはまず出ない事にしてた私が、その時はなぜか電話に出てしまった。
「○○さんの奥様ですか?今ご主人が頭痛を訴えて救急搬送しています。病院は○○病院です」
と、そんな感じの内容だったと思う。

なんせそこまで深刻に受け止めてはいなかったし、マイカーは車検中。
代車にはナビが無いため取り敢えず会社の人に病院の場所を聞き、地図のコピーまでしてもらって会社を出た。

30分くらい走っただろうか?
突然旦那の携帯から私に着信があった。
な~んだ、てっきり私は「もう大丈夫やけん」と旦那が出るもんだと思ってた。

14:14分、もしもし~?と、内心、心の中では人騒がせなと言う思いが言葉に出たようなそんな対応だったと思う。パチンコ屋を通り越して右折すれば病院、その時の携帯コールだった。

「○○病院です、今どこに居ますか?どのくらいで来れますか?」と女性の声。
え?何?その時初めて旦那が大変な状態であることに気づく。
その後まもなく病院に着いた私は処置室で横たわる意識の無い旦那と対面する事となった。

救急処置室で医師にレントゲン写真を見せられながら、搬送された時の血圧が300近くあった事など簡単に症状を説明されてもなお事の重大さは感じず、ICUに移動する旦那に「パパ?大丈夫?パパ!」と手を握り呼びかけると、「うん」と首を振った。
ただその事は旦那は覚えていないらしいが。

旦那がICUに入れられて主治医のほうから正式に病状の説明があるとのことで呼ばれた。
女性の医師で「奥さん、気をしっかり持って聞いてよ」
と言われたので一応の覚悟はして話を聞いたが医師に
「ここに血が溜まってるの解る?旦那さんはくも膜下出血を起こしてる状態なんですよ、手術をして出血を止めたいけど、出血が多すぎるのと、破裂箇所が特定出来ん。破裂箇所も解らんのに切るわけにはいかんし、一応今夜が山や思っとってください」
との説明を受けた私は待合室へ戻り泣いた。

普段は家庭内別居状態の夫婦、夕食をすませると私は自分の部屋でテレビを見たり自分の趣味に費やす日々が当たり前だっただけに、旦那との会話など長年した事もなかった。
ただ、前日の夜リビングに居る旦那の顔をチラッと見ると「どうしたん?」とニコッと笑った顔を思い出して、あれが最後の夫婦の会話かと思うと悲しかった。
こんな事なら時には床を共にし、お互いのぬくもりを感じてたら良かった。
冷たくなった旦那じゃ嫌だと思った。

高校に入学してまもなく「付き合ってくれるん?」と告白され、お互い学級委員で話くらいはした事もあったし、私自身が男と交際すると言うのがどういう事かはっきり理解してなかったせいもあって気軽にOKしたもんだ。
ほぼ一緒に学校から帰り、映画を見に行ったり、手を繋いだり、子供のような交際だった。
バイクの免許を取ってからは族に加入して、ひと騒動起こして停学、その後退学した後も、朝の通学時には電車から降りる私を待ってくれて一緒に学校まで連れて行ってくれた事もあった。
私の青春の思い出の中には必ず旦那は存在してて、あれからだと結婚生活も含め30年以上はとうに一緒に過ごしていた事になる。

14:29分、娘に連絡。
そして15:25分には大阪で暮らしている息子に連絡をした。
旦那の母は外出していたらしく連絡が取れず、結局旦那の荷物の中の携帯より義父の携帯番号を知り連絡が着いたのは夜の19:38分だった。

駆けつけた旦那の親の前で
「私はあの子が居らんかったら生きて行けんので~」と泣いたのを思い出す。
待合室の洗面台に備え付けてある手を拭く使い捨てのペーパーをクシャクシャにして揉み込んで鼻を何度もかんで、涙を拭ったせいで次の日は鼻は皮が剥けて、目の周りも痛かった。

何度か検査を試みるに、やはり出血箇所は確認できないとの事。
何かあれば連絡をするとの事で、その夜は病院の近くのホテルで娘と孫の三人で泊まる事にした。
泣き顔でボロボロの三人をホテルの人はどう感じただろう。

翌日早々にICUに出かけた私たち家族は、意識のある旦那と対面出来た。
ただその時やけに「携帯は?携帯持って来て、連絡せないかんし」と言うので、「まだダメやで心配せんでえ~けん」となだめたもんだ。
その夜、事実を知りそれがその後の大事に繋がるとは私自信想像も付かなかった。





ICUでやけに携帯を気にする旦那への不信感はよそにして、その日ココちゃん(愛犬)を一晩お留守番させたせいもあり、一旦家に帰った私は、旦那の仕事に持って行くバッグを何げに開け中身を確認した。
そこで発見した避妊具、いわゆるコンドーム。
なんでこんなものを持ち歩いてるんだ?と言うのが不信感から確信に変わり、さらに衝撃的な事実を知る事になる。

それは前記事の「婚外子」の事で旦那と喧嘩!でも書いたが、母子家庭の女性との長年の関係、またSNSで知り合った女性との浮気など、目を覆いたくなる様な画像を旦那の携帯の中に見つけてしまった事による旦那の不始末発覚。

私は旦那が病気で倒れる数年前からはフルタイムで仕事もしていたし、ハッキリいえば旦那に関心すら無かったので、携帯を覗こうとかの気持ちすら無かった。
それが今回このような状況で必然的に携帯を見る事となり、女性とのメールや、鬼畜のような旦那の行為にまさに幻滅をしたもんだ。

子供と女性との写真はともかく、相手の女性は裸の写真や動画まで送って来ていた。
旦那の裸(上半身)の写真も多々あった事から、裸の写真や動画の交換をしていたらしい。ただその女性があまりにも男性の欲望処理には都合のいいであろう体は公衆トイレ女と呼ぶにふさわしいと思ったもんだ。

ま、そんな男の馬鹿さ加減はさておき、なぜにその女の子供の写真が携帯の中にいっぱいなのだ?と言う不安のほうが大きかったのは確か。
旦那が倒れた翌日の夜にはこの事実を知った私は、正直死ねと思った。
つい前日までは悲しみと苦悩で心が押しつぶされそうになっていた自分がアホらしくなったもんだ。

結局、旦那のくも膜下出血は静脈が破れたもので、動脈瘤ではないとの事。
これから徐々に頭の中の血液が吸収されて行く過程で脳血管攣縮と言う状態、くも膜下出血を起こしてから3日目から2~3週間までの間に起こる現象で、脳の血管が収縮して血液の流れが悪くなることで不都合が起こる。
それさえ乗り切れば大丈夫との事で、3/7日の午後の検査をした後に病棟のほうに移り、その後これと言った後遺症もなく今に至っている次第。

今思えば、もしあの時旦那が死んでいたらどうだろうかと思う時がある。
いい男を見つけて再婚しているかも知れないし、大腸がんになんかならなかったかもしれない。

翌年には娘の事故、そして今年裁判が終わったと思いきや今度は私の「癌」、なぜに神様はこれほどまでに試練を与えるかなと悔やむ事もあるが、今現在いろんな事があって強く生きられている自分を見てると現状は決して不幸ではないと思える。


旦那が倒れた年の2011年3月11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源に国内観測史上最大のM9.0の地震が発生。
津波、火災などにより広範囲で甚大な被害が起きる。

忘れられない年だm(_ _)m


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No title

私も、自分の幸せ度については「そんなに不幸ではない」くらいのお気楽な感覚だけど、事故や災害や事件などで突然死んでしまったり、生活を奪われてしまったりする人を見ると、自分が生きているありがたみを感じます。

旦那さんの仕打ち、ひどいですね。他人のご主人にこんなこと言っては失礼ですが、言っちゃいました。命を取り留めたのは、麻花さんとの人生をやり直す為であってほしい。

No title

なんか分かるな~、私の周りの夫婦さんも皆そんな感じ。
夕食すんだらお互い別々。うちの場合はテレビが一台しかないから同じ部屋にいるけど、旦那はCSで古い時代劇やミナミの帝王ばっか見るので、私は面白くもないからパソコンばっかやってます。

色々あっても「現状は決して不幸ではない」と言い切る痲花さんはえらいわ。

Re 彩さん

旦那は外面がいいですしね、遊びたい女にとっても都合がいいんでしょうね。旦那の母は倒れた時にも「うちの○○(息子)は女を惹きつけるもんを持ってるんやろな」と平気で言い放ち、私が「癌」になれば、息子がかわいそうと言う人です。
その後の生活も相変わらずですし、命を取り留めて私との人生をやり直すどころか、逆に命を縮められた感じです(笑)

離婚も考えたんですけどね、結局私こんな病気になってしまったので、もう我慢して旦那には小間使いみたいに動いてもらうしかないかな?って思います。取り敢えずは役には立つしね。

Re とんとん子さん

うちは若い頃から一緒に居る割にはお互いを理解してなくて、話をしてると気が狂いそうになるんですよ。
全く私の頭の中にない事を「お前は・・・・・や思っとんやろ?」とかの憶測で言う言葉が意味不明なことが多くて。

子育てが終わる頃になってやっとお互いを知ってうんざり・・、熟年離婚する人の気持ち解りますわ~(笑)
お金さえあればぁぁ~な感じです。

「ミナミの帝王」はうちの旦那も一時期ハマってました。

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管理人のみ閲覧コメントのお礼

それも考えましたが、その時、今の事情からして離婚は出来ません。
また結局はお金でしか解決は出来ませんし、無い人からは貰えませんので諦めました。所詮は公衆トイレで用を足してきてるだけですし、それで満足して生きている女にはその役目をして頂きます。
私は妻として家を守り、小間使いのように旦那に家の用事をしてもらい、余生ズル賢く生きるだけです。ありがとうございます。
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プロフィール

麻花(まぁ~ふぁ)

Author:麻花(まぁ~ふぁ)
2013年大腸がんはリンパに転移ありのステージ3aでした。
手術、抗がん剤治療が終わり現在経過観察中です。
愛犬ココアと楽しく過ごしてます。

いつも読んで頂き有難うございます。

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Author:ココア 女型
2008/11/20生まれ8歳 
                                                                                          

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